あらゆるものの経験

人生と経験についての反省

起きたら、セコイアの描写が正確じゃなかったんじゃないかって思った。自分の本の中で。描写がどうも正確じゃなくて、浅い気がしたんだ。でも、自分の本にはセコイアなんて出てこないって思い出した。夢の中の話だった。ちょっとホッとしたけど、その夢はたぶん、他にも何かあるってことなんだろうな、って気づく前に。 things 深みに欠ける私の本の登場人物と状況。フィクションを書くのは難しい。上手くなりたい。書き直しは全て、セリフをもう少し本物らしくしたり、ディテールをより真実に近づけるために遡って行う作業だ。自分が下手なのではないかと心配することが、もしそうでなければ私を止めてしまうかもしれない。なぜなら、私はそれが本当に好きなのだから。私はフィクションの世界に生きるのが好きだ。それは楽しいし、セコイアや何かのことで不安になった時は、自分が学んでいる途中であり、上手くなくても良いことを思い出す必要がある。私が感じている、上手くならなければならないというプレッシャーは何なのだろう?実際、自分が上手くないかもしれない、せいぜい良い程度かもしれない、あるいはただまあまあかもしれないことに気づくと、恥ずかしい気持ちになる。これは、〜であってはいけないと言われて育ったことに起因するのかもしれない。 artist。芸術家は別の人種だった。 Great

でも私はそうは思わないな。もし子供がいたら、楽しめって言うだろうね。自分を表現しろって。何かを学べって。40歳の子供にも、60歳の子供にも当てはまると思う。すごいことの何がそんなに素晴らしいんだ?楽しいのは、学ぶこと、発見すること、他人に刺激を受けること、結果ではなく経験をすることだ。

Being Great 結局は結果だ。君は素晴らしいし、周りも君が素晴らしいと知っている。彼らは君の偉業を称える。またしてもエゴだ。エゴ、このクソったれ。もし目標が偉大であることなら、それは全て世間の評価次第だ。喜びは仕事そのものにあり、何かを賭け、何かを学び、挑戦し、失敗することにある。その全ての経験にだ。

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